Truth Story スワンちゃん

*Truth Story スワンちゃん*
醜いアヒルの子 
から スワンちゃんへ

醜いアヒルの子だと思っていたら、迷子になっていただけの白鳥の子だった!
そうか私は素晴らしかったんだ〜♪ 発見できてよかった♪♪
シャインさん 第4回目の セッションを終えて・・・
今回はしばらくぶりということもあり、宿題を提出されていました。それは『現在の問題』というものです。それについて話をしていくと、前にも触れていた『話し方の癖』がどうやら関係しているということが見えてきました。

その癖(スタイル)とは以前、「・・・寂しかっただけなんだよ」とリトルに話しかけたように、自分では相手への愛情から来る理解や共感のつもりなのだが、相手からしてみれば上からコントロールされているように感じさせてしまう言い方のことです。

今回この事を書いている内に、過去の「ひげそり事件」を思い出しました。
それは・・・自分が中学生のころの日曜の朝、食事が出来て、家族みなが席についているところへ、父が電気かみそりでひげをそりながらやってきました。そこで自分が「お父さん、ひげのそりかすがご飯にかかるよ」と言った所、父は「ひげのそりかすは、ひげそり機の中に入るようになっているから大丈夫なんだ!」と怒り出してしまったのです。

その時、自分は心の中で「そんなこと言っているけれど、そりかすが現に飛び散っているじゃないか」と、内心反論しながら見ていたことが思い出されました。
あの時も自分は相手をコントロールするようなことを言って、逆に相手を怒らせていました。

ただその時、
いかに自分が正しくてもそれを押し通す事に対し嫌悪感を覚えました。そのせいか、今でも、たとえそれが自分にとって絶対正しいと思えても、自分の意見を言うのをちゅうちょしてしまいます。
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横道にそれましたが本題に戻ります。この日は「花札おじさん事件」に回帰する事にしました。

自分が中学生の時、父は商店街で商いを営んでいて、その商店街の定休日の前夜となると、毎週のごとく近所のおじさん達が我が家にやってきては花札をしていました。始まると終わるのはいつも明け方です。そして翌日、商店街の他のおじさん達はお休みでしたが、父には仕事が待っていました。そのころのうちは忙しく、父はよく夜中まで仕事をしていました。子供心によく身体がもつなと思っていました。なのに父は商店街定休日前夜の花札に文句も言わず参加していました。でも父は、近所のおじさんがいない時は、おじさんの悪口を言っていました。

その頃、自分は「親友」という言葉にこだわりを持っていた事もあり、「無理をしてまで付き合わなければならない人」「自分に無理をさせてしまうような人」は親友ではないのではないかと疑問を抱いていました。そしてある晩、どのような話の流れでかは思い出せませんでしたが、「そういう人は親友ではないんじゃないの」と
父に言ってしまいました。

すると父は、ウィスキィーをストレートでがぶ飲みしだし、そして、そのウィスキィーのビンをお風呂場にもっていき投げつけると、その上を血を流しながら歩き、「俺は息子よりも友達をとる!!」と叫びました。

中学生の私は、父が足を血だらけにしながら怒りまくっているその光景に恐れを抱き、ショックを受け、自分の部屋のベッドの上にうつ伏せになって塞ぎこんでいました。そこへ、今の自分が山城さんと一緒に入っていきました。

当時の私は*「何であんなことを言ってしまったのか」という後悔と反省、でも「自分の考えは正しいはずなのになぜ受け入れてもらえないのか」という複雑な想いと悲しみを抱えていました。

山城さんから、なぜリトルはお父さんにそれを伝えたいと思ったの?と聞かれ、当時を振り返って見ると、それは、毎晩遅くまで仕事をしている父が、無理をして近所のおじさんたちに付き合っているのを見ていて、気をつけてもらいたくて言った言葉でした。そこでリトルの横に腰掛けた私は「本当はお父さんのことを心配して言ったんだよね」と言ってあげました。すると堰を切ったようにボロボロとリトルと私の目から涙が出てきました。

ひとしきり泣くと、今度は父の姿を探してくださいと言われ探してみると父の姿を見つけることが出来ました。父の方は逆に、私の一言で、やっていることすべてを否定された気持ちになっていました。

父は小さい頃は近所でも有名ないたずら小僧でした。ただ、父はむやみにいたずらをしたわけではなく、母親(父の母親)が悪く言っている(=母は苦しんでいる)家に対していたずらをしました。今思うにそれは父なりの正義感(母親に対する愛情)だったのではないかと思います。

大人になり仕事をしていくにあたり、その当時の悪いイメージを払拭したかったのでしょう。父は近所のまとめ役をやっていたおじさんと付き合いだしました。そのおじさんが花札大好きでした。『ご近所さんに認められたいから』という下心からご近所さんに近づくというのは父には許せない事だったのでしょう、だから自分に下心からではなくて「親友」だからなんだと自分自身に言い聞かせていたのだと思います。そうした、父の弱いところを私の一言がぐさりと刺してしまったのです。

私は、真実を伝えるのが正義であり、またそれを伝える義務感も感じていました。しかし、
言われた方がどう感じるかを想像する力に欠けていました。これは、自分の世界に閉じこもっていて、周りを見る習慣がなかったせいもあると思います。

本当は父自身が一番「何とかしなきゃいけない」と感じていて、でも目を背けていたものを突然突きつけられた感じだと思います。だから、その時の怒りは若い私に向かってというよりも、父自身の生き方・過去の自分・周りの環境などに対しての、やるせない、つらい思いを表していたのではないのでしょうか。

そして父は、私の刺激によって、あふれ出てくる感情エネルギーを何とかして押さえ込もうとしたけど、押さえきれず溢れてしまったものがあの動と「俺は息子より友達をとる」という言葉だったのだと思います。ですが、その一言が今度は当時の私の胸をえぐりました。「自分は父にとっては『あの友達』より価値がなかったのか!!」

ただでさえ、自分は家の中では守ってくれる人がいなくて、居心地が悪く、居場所を感じられませんでした。ただでさえ、自分は父と遊んでもらった記憶がなく、父がおじさんたちと遊んでいるところを見て寂しく思っていました。そんな自分にとって、今度はまさに『とどめ』でした。それまでも父と直接話すことはなかったのですが、そのあとは父は自分にとって敵になってしまいました。

でも今回リトルと話してみると、本当は父を尊敬していたし、愛していたのです。ですがこうした事が原因で父を愛せなくなってしまっていたのです。山城さんにそれをお父さんへ伝えてくださいといわれ、伝えると、父も苦虫をつぶした顔を緩めて穏やかな顔になり、父も本当は話したかったといってきました。その後、父と二人でお気に入りの岬へ行き長いあいだハグしました。そこで、父の愛を感じる事が出来ました。そして、また戻ってくるねと約束して戻ってきました。
After コメント  「今の私から父へ」
私が13歳の時、父は40歳。自分がその年のときに、息子からそんな言葉を聞いたらどうだったろう?すごいショックだと思います。
そんなことを言ってしまってごめんなさい。でも、そんな時でも手を上げなかったところに、今、お父さんの深い愛を感じています。どうもありがとう。
つづく

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